
4.1 km
距離
240 dk
所要時間
5
ストップ
1. 日目
2. 日目
1. 日目
ガズィアンテプ中心部の丘に築かれたこの城の建設時期は不明ですが、ローマ時代には監視目的で使用されていたことが知られています。歴史の中で何度も修復され、現在の姿は2000年代初頭に行われた修復作業によるものです。城内のギャラリーの一つには「ガズィアンテプ防衛と英雄パノラマ博物館」が設けられています。また、城の上部にはハマムやモスクの遺構も見られます。

オスマン建築のハマム文化を反映したこの施設は、1577年にララ・ムスタファ・パシャによって建てられた複合施設の一部で、「パシャ・ハマム」として長年利用されてきました。2015年にはガズィアンテプのハマム文化を紹介する博物館に改装され、ハマムの構造、使用器具、また蝋人形や模型によって儀式が再現された展示がされています。
2. 日目
一般に「バクルジュラル・チャルシュス」と呼ばれるこの市場は、実際には多くの伝統工芸職人が作業を行うバザールの集合体です。店舗の正確な建設年は不明ですが、16世紀に建てられたと考えられています。全体は1階建ての店舗で構成されており、キャラバンサライ地域の一部に位置します。市場の名前の由来となった「銅細工」の伝統は、今日でも活発に続けられています。
ガズィアンテプの象徴のひとつであり、第一次世界大戦・コーカサス戦線で戦死したイルミ・ベイ司令官の記念として、1915年にサンジャク・ベイ シュクル・ベイによって建てられた150年の歴史を持つ泉です。オスマン時代から現存する貴重な遺産です。

世紀以上にわたってガズィアンテプの人々に親しまれてきたこの施設は、カヴァクルクの象徴ともいえる存在です。1700年代にオスマン帝国時代、住民から集められた100クルシュでハジュ・ハネフィザーデ・ムスタファ・エフェンディから16ドゥヌム(約16,000㎡)の土地が購入され、行楽地として整備されました。かつてこの地には多くのポプラの木があったことから「カヴァクルク(ポプラ林)」と呼ばれるようになったと伝えられています。アンテプ防衛戦の際にはフランス軍によって軍事施設として利用され、共和国成立後は田舎のカフェ、レストラン、カジノとして活用されました。